トム・ハーリックインタビュー前編 「バダ・ハリは息子のように気にかけていた」
前回予告したトム・ハーリックのインタビューです。
K-1創世期、アーツのコーチ・セコンドとして激しく檄を飛ばす姿が印象的でした。
初期ファンには有名な人物ですが、今ではほぼ伝説化しています。
しかし、今年アーツは10年ぶりにハーリックのもとへ戻りました。
ハーリックの一代記とも呼べるインタビューをお楽しみください。
http://www.fansofk1.com/article?aID=1922&Category=1

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--始まりをお聞かせください。

「6歳から12歳まで柔道を習いました。茶帯までしか取りませんでしたが、当時は12歳では黒帯は取れなかったのです。それからフットボールを始めて、もう夢中になりました。フットボールは18歳までやって、それから軍に入りました
軍では、戦車の操作をやりました。そこで22試合ほどボクシングの試合も行い、負けたのは1試合だけでしたね。軍を辞めた後、ジョン・ブルーミンの元で極真空手を始めました。黒帯のトーナメントに出場したときに、私は顔面にパンチを入れてしまい、失格とされてしまいました。自分は空手には向いてないと気がつきまして、空手と、ボクシングをミックスさせた競技、そう、キックボクシングへの道に目覚めたのです」

--極真では6段を持っているんですよね?

「そうですね」

--何年トレーニングを?

「たいしてやっていません。ドージョーチャクリキをオープンさせた後で、リスペクトの象徴としてベルト(6段)をくれたのです」

--ロシアでは、ジョン・ブルーミンはたいそう尊敬されていますが、彼は簡単に黒帯を授けてしまうとも言われています。

「たしかに、簡単すぎました。私も簡単に手に入れましたが、ベルトは重要ではありません。チャクリキではベルトはありませんし、重要なのは戦闘力なのです。私のオフィスにはダース単位のベルトがありますが、柔術、拳法、カンフー……これらは名誉として人々がくれるものであって、この武術を私はやったことがありません。チャクリキこそ私が愛するものであり、ベルトは意味がないのです。1972年私は指導を始め、そして、すぐにあらゆるトーナメントを制覇しはじめたのです」

--当時のトーナメントはレベルが高くなく、多くのクラブがありましたね?

「しかし、我々はオランダ、ドイツ、イタリア、その他多くの地域に遠征して試合をこなしました。テコンドー、カンフー、少林寺拳法など違ったスタイルのトーナメントを戦いぬき、多くの利益を得ました。チャクリキの赤い道着を着てね……」

--チャクリキの赤い道着は今尚、…有名ですよ。赤い道着に身を包んだ選手をいまでも見ます。バダ・ハリも過去、赤の道着を着ていましたが、あなたのチームにいたのですか?

「そうです。バダ・ハリは7年間私の元でトレーニングをしました。ここでは55試合行い、51勝しています。負けのうちの一つは、アレクセイ・イグナショフでしたね……」

--イグナショフ戦のときには、まだ若すぎたのでは?

「18歳でしたね。みんなが、大丈夫なのか? と聞いて来ましたよ。私は答えたんです。 『何がいけない?』とね。バダはよく戦って最初はいい感じだったのですが、そのときにはまだスタミナがなかった」

--それからどうなったのですか?

周囲の人間は彼に車や金を与えました。そして、バダは私のジムから去って行ったのです

--そのときは、どんな気持ちでしたか?

「まるで自分の息子のように気にかけていましたが、去っていってしまいました。非常に悲しかった。父として彼と接していたのですから。我々は何の問題もなかったし、口げんかもしていなかったのです。金持ちたちが、バダにお金を渡し始めてから、離れていきました。彼は売られていったんです

--説明なしで、去っていたということですか?

「ノー。このことについて口にすることはないでしょう。彼は、それからというものどこで会っても私と目を合わせようとはしません

--バダ・ハリの試合では、勝利を願いますか?

もはや関心がありません。彼とは道をたがえたのです。残念です」

--ピーターについては….

「彼は10年間、私の元でトレーニングをしていました。しかし、彼は戻ってきて、そして大きな間違えを犯してしまったと私に話をしてくれたんです。とても嬉しい。ピーターが去ったとき、彼は『もうアムステルダムにはいたくないんだ』と言ってね、私は『そうか。わかった』と応じました。
我々は常に、新しい王者を生み出そうとしています。もし、誰かが去っても、別の誰かを鍛えるんです。今は、ヘスディ・ガージェス。もう4年間、練習しています。彼は現在欧州王者ですが、彼はとにかく素晴らしい

--誰があなたのなかでのベストファイターでしたか?

「57キロ級のTekim Donechです。世界王者になりましたが、その道のりは長いものでした。彼は6歳の少年ときから、28年も私の元で戦ってきたのです。しかし、彼はコカインによって、キャリアを終えました……」

--今では?

「もう最悪です。完全に依存症になり、路上で暮らしています。でも、彼は本当にベストだった! タイで試合をしたときには、多くの強いファイターの中でも最高でしたから」

--ヘビー級では?

ヘスディ・ガージェスですよ。これまで私が見てきた中では、最高の選手になると考えています

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ヘスディ・ガージェスの将来を期待するトム。
アーツ、バダ・ハリというK-1を代表する選手を育成し、そして離れていった名コーチの期待を背負って、K-1に登場する日がきっとやってくることでしょう。

まだ続きます。

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by the_kakato_otoshi | 2009-03-18 12:26 | K-1

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