ピーター・アーツの入場が横綱の土俵入りのような”伝統的日常”となってる今
日本における”K-1の復活”を目指すのであれば、
どうしても避けて通れない提案をしようと思います。

例えばK-1ファン、格闘技ファンはシステムやマッチメイキング、契約選手、そして試合内容について多くの意見を口にします。もちろんそういった指摘は大切なのですが、今日はもっと引いた視点、メタな視点で考えます。

今のK-1は内容も数年前から比べれば非常にアグレッシブになりました。打ち合いが多くなり、KOもある。バダ・ハリや長島☆自演乙☆雄一郎などの派手な選手もいるし、63キロという新鮮なカテゴリーも個性的なファイターがいるし、いまんとこ悪くない。
しかし、やはり圧倒的な渦となって押し寄せるような情感……エモーションは90年代~ゼロ年代前半に比べて希薄です。(最近ファンになった方にはわからない話題で申し訳ない)

<残念なファンの固定化>

そのため、ファンの固定化が進んでいると思います。メディアでの露出が10年前に比べて減少したことで、新規の客が入ってきにくい。「格闘技村」と揶揄されるように、事情に詳しい数少ないコアファンにしか楽しめないような保守的なコンテンツと化していく過程にあります。
(補足:K-1甲子園などでもっと若いファンにアピールするチャンスでさえ”地上波で放送する内容ではない””トイレタイム”などと罵る。特にDynamiteでのK-1甲子園に対するコアファンの冷笑には、これから先の格闘技に対して一切の展望を持たない残念なファン層の実情が浮き彫りになりました)

ファンの固定化は、ジャンル自体の閉塞感を伴います。保守化。新しい試みに対する抵抗が強くなるのです。これは同時に主催者も影響を受けて、保守的なファン層を相手にした保守的な興行が増えていくのでしょう。選手選考だけでなく、演出面などにも影響されていくのです。

何か新しいことをすればすぐにファンが噛み付く状況です。なかなか主催者が思い切ったことをできない理由はそこにあります。もちろん、日頃お世話になっているイベント会社やナレーターさんなどを昔のよしみということで切れなくなっている現状もあるのでしょうが……。

保守的な人たちが保守的な興行を作り、それを保守的なファンが眺める。
今、K-1やDREAMにはそういう空気が漂っているような気がしてなりません。

それが私は残念。……では、それは何故なんだ。

<打破!>

K-1はこれまでのプロレスや相撲、ボクシングなどそれまでの日本のスポーツ文化になかったものを提供したことで繁栄したことは事実だと思います。それはまさにエンターテイメントコンテンツに流れる普遍的なテーマ”究極の非日常”でした。古い、保守的なものをぶっ壊してまさに破壊と建設を行ったのですね。

最初は新しかったものもやがては古くなります。PRIDEのような、よく出来た擬似的模倣品も現れたことで新鮮なコンテンツだったものも長年変わらぬ姿のままでは飽きられてきました。

そして、今。保守的なものを壊して積み上げられた建物が老朽化しているのに、住民は継ぎ接ぎをしながら暮らしている状況です。もちろんHERO'SをDREAMという名称に変更したり、K-1甲子園や63㌔以下級などを建設するなど増築やリフォームは何度か行っていますが……。

そんな彼らが提供するもの、ファンが需要として求めるものは時代の流れのなかに埋没していく過程にあるのではないでしょうか。つまり、「飽きられている」ということです。

私が常に「競技化」の方向に話を持っていくのは、まさにこの「飽きとの戦い」の解決策のひとつだと考えているからです。

毎度同じような選手起用、同じような意図のマッチメイク、同じような演出、同じような観客層……。
人間の企画力などたかがしれています。

<飽きとの戦い>

いずれは手詰まりになるのです。これを打開するには、まず競技面では主催者の恣意的な”神の見えざる手”ではなく”偶然のフォーチュン”に方向性を変えていかないとならない。70㌔だ63㌔だ……と新鮮な階級をどんどん増やしても、無限に増やすわけにはいかない。

すでにK-1においてはWGPやMAXなどのトーナメントで採択されていますが、組み合わせの偶然性が高い競技にしていくことである程度の飽きを乗り越えられるでしょう。同時に、公平性も認められる。K-1が20年続いているのは、やはりトーナメントという偶然性のドラマが生まれやすいところにあります。もし、ワンマッチのタイトル戦が続く興行スタイルだった場合、K-1がブームになることも今存在することもなかったでしょう。
スポーツというのは「●●という主催者」が存在するのでなく、単なる「場」であり、そこで何が起こるかは想像もできない。そういう未知との遭遇が本質的なスポーツコンテンツの価値だと思うので、それをもう一度蘇らせるような思い切ったランダム化を導入すべき時が来ているのではないでしょうか。

極端な話、
WGPやMAXの16人が、興行当日観衆の前でクジを引き、その日に対戦が決まる。。。くらいのことをやってもよいのではないでしょうか。


<演出も飽きられている>

演出面ももう厳しいのでは。毎度同じ爆発に、毎度同じ紙吹雪。最初から最後まで「次何が起こるかわかる演出」がずっと行われています。多分、同じ業者にずっと頼んでいるからでしょう(笑)。
驚かせるための火薬が「日常」になっている。時の流れは残酷ですが、それを改めないのもいかがでしょう?

演出用VTRも10年以上前から基本的には変わらず。煽りVとして一世を風靡したPRIDEのアレをいまだに有ありがたがっているような、トホホな現状では……。それこそ、一般のファンから煽り映像の公募コンテストでもすればいかがでしょうか。今は素人でも素晴らしい”職人”が多いですからね。真の「1/60億煽りVアーティスト」とやらがどこかに眠っているかもしれませんよ。

<大事な……>

と、以上のように様々な提案をしてきましたが、言いたいことは”非日常であることを取り戻せ”という一点に過ぎません。
格闘技がある日常ではなく、非日常のエンターテイメント空間としての格闘技興行を是非とも取り戻すべく、なにかと創意工夫をしてみてもバチは当たらないのではないでしょうか。

もちろん、そのためにはこれまで興行に携わってきたスタッフや外注の何人かとはサヨウナラしなきゃいけなくなるのかもしれませんが、どこかで何かを「断行」するタイミングはこれまでもあったし、これからもあるのでは……ないでしょうかね。K-1が現状を改善するために他と組む選択をしたのなら、そこで使えるお金は90年代からずっと関わっているような仲間や業者のために使うのではなく、新しくて、若くて、才能のあるコンテンツの創り手(選手も含めて)の為に使って欲しいと思います……。そうしないとまた同じことの繰り返しになるでしょう。

http://twitter.com/Ebi_Knight←ツイッター

人気ブログランキングに1票

K-1歴代大会のDVDを購入する

【音声ブログ】かかとおとしポッドキャスト公開中

にほんブログ村 格闘技ブログへ
[PR]
by the_kakato_otoshi | 2010-08-02 14:52 | K-1

「K-1」についての情報・コラム。ツイッターはEbi_Knight。ご連絡はkorgradiasアットマークmail.goo.ne.jp
by the_kakato_otoshi
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
検索
最新の記事
さらばゴールデンボーイ? バ..
at 2011-09-29 23:48
番狂わせあり、名勝負あり、7..
at 2011-09-25 21:58
ショータイム70kgトーナメ..
at 2011-09-25 17:10
ほほ笑みの国
at 2011-08-21 23:51
明日からちょっと
at 2011-08-19 22:49
アクセス
ファン
ブログジャンル
画像一覧