さらば!ステファン・レコ。欧州の稲妻の軌跡を振り返る!
ショータイムジャパンやらなんやらの話や、K-1MAX-63の話題が多かったのですっかり忘れられていますが、先日スイスでジェロム・レ・バンナvsステファン・レコのワンマッチが行われました。

これはK-1で長く活躍した「欧州最強の伊達男」ことステファン”ブリッツ”レコの引退試合だったのです。

今日はそんなレコの軌跡を振り返りたいと思います。

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レコは17歳でマスタージムに入門し、K-1に現れたのは1997年。23歳のときでしたね。
デビュー2戦目で開幕戦の16人に抜擢され、当時既にトップファイターとして君臨していたホーストと激突。わずか2ラウンド、0:34でノックアウトされてしまいました。まざまざとK-1のレベルの高さを見せつけられたレコでしたが、石井館長に才能を認められて継続参戦します。

レコの持ち味はアグレッシブで前後の出入りの多いステップ。そして強烈な右ストレート。
また、バックハンドブローも得意としており、トリッキーなその軌道で独特のリズムを創りだしていました。体重の軽さをテクニックでカバーするクレバーなファイターという印象です。

そんな中、98年のヨーロッパGPではアグレッシブなファイトでワンデイトーナメントを優勝!
開幕戦出場権を獲得しました。
しかし、開幕戦で同じく売り出し中のレイ・セフォーと対戦。判定にもつれ込みましたが、惜しくも敗れてしまいます。

99年は名古屋で行われた開幕出場決定トーナメントに出場。シリル・アビディやサミール・ベナゾーズという若いファイターとしのぎを削り、彼らを破って3年連続開幕出場を決めます。

今年こそはという意気込みで臨んだ開幕戦。強敵サム・グレコを相手に回し、互角の内容であったもののまたしても判定負け。
なかなか開幕戦の壁を突破できない状況が続きます。

2000年はワンマッチで全勝。この年、ジェロム・レ・バンナとマイク・ベルナルドという二人の豪腕が怪我によって参加できなくなり、ファイナルの推薦選手に抜擢されます(この年は開幕戦がなかった)。

ここで戦ったのがアンディ・フグをKOして衝撃的デビューを飾ったフランシスコ・フィリオ。未だ無敗のこのブラジリアンと準々決勝で対戦しましたが、延長まで行っての判定負け。やはり差のない戦いを見せますが、体重不足からかトップファイターからダウンを奪えないことがネックになっていました。

4年目にして始めてベスト8に入ったレコですが、2001年にはさらに上を目指します。
ラスベガスで行われたワンデイトーナメントの決勝戦でピーター・アーツを撃破。得意の右ストレートでリング中央、大の字に寝かせました。この勝利で気を良くしてファイナル進出。
ベスト8では好調アーネスト・ホーストに敗れるものの、レコとの激戦で骨折しており敗者復活でベスト4に進出します。ここでハントに敗れましたが、トップファイターとして十分に客を楽しませました。

2002年は手応えを得て飛ぶ鳥を落とす勢いになります。
新人レミー・ボンヤスキー、アーツ2世と言われたアレクセイ・イグナショフを続けて破り、3年連続ベスト8に顔を出すことになりました。
準々決勝の相手は昨年敗れたハント。今度こその挑戦でしたが、左フック一発でKO負けを喫します。

2003年もワンマッチでは無敵。アーツ、ベルナルド、フィリオを下してこの年もベスト8まで駆け上がりましたが、ファイトマネーの釣り上げで主催者を揺さぶるなど思い上がったとも思える行動に出ます。
しかし、主催者から逆に契約を切られ、優勝候補とさえ言われたトーナメントに出場することもできませんでした。
”K-1モンスター時代”と呼ばれたボブ・サップの影響が色濃い時代。軽量でKO率の高くないステファン・レコの揺さぶりに主催者は嫌悪感を示したのです。

ここで失意のレコに手を伸ばしたのは総合格闘技PRIDE。この団体はこれまでにもミルコ・クロコップをK-1から獲得して成功を納めており、実績あるK-1ファイターを引き抜こうと虎視眈々狙っておりました。
レコはPRIDEのヘビー級トーナメントに参戦することになり、総合格闘技デビュー戦で柔道家の小川と対戦します。腰痛持ちのレコはこの時参戦できる状態ではありませんでしたが、痛み止めの注射を打って出場し、1分程度で敗れました。

この後、2戦しますがいずれも全く新競技に対応できず全敗。ミルコにも「やめたほうがいい」と言われ、挑戦を断念します。

2005年、PRIDEとの契約も切れ、谷川氏に詫びを入れてK-1に戻ったレコは夏にオランダで倒したばかりの新星バダ・ハリに豪快なKOでリベンジに遭いました。
2006年、そんな不運な復帰でしたがレコはめげずにラスベガストーナメントで優勝。開幕戦でセフォーを倒して再びベスト8に戻ります。
ですが、どうしても勝てない準々決勝。やっぱりレミー・ボンヤスキーに判定で負けてしまいます。しかもこの試合ではレミーの金的を何度も蹴り、試合が中断する異常事態になりました。

2007年は開幕戦で因縁のレミーと再戦します。しかし衰えはじめたか、1ラウンド目にあっさり飛び膝蹴りを顎に食らって仰向けに沈んでKO負け。

この試合以降、K-1の前線から離れ欧州を中心に戦い始めます。かつてのスピードは鳴りを潜め、勝ったり負けたりを繰り返しながらキャリアを積んでいき、2011年。ついに引退を決意。

2011年6月11日、スイスのジュネーブでかつてK-1で共に戦ったジェロム・レ・バンナと拳を合わせました。バンナと5ラウンド、フルに戦い抜き、手数では押していたものの判定で敗れました。ここに稲妻”ブリッツ”の名で親しまれたテクニシャン、ステファン・レコの格闘技人生は幕を閉じたのです。

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抜群のテクニックを持ち日本の格闘技全盛時代に活躍しながら、
武運に恵まれなかった印象の強いレコ。

しかし、
K-1の90年代後半から2000年代前半を支えた貴重なテクニカルファイターであったことは言うまでもありません。息の長い活躍をしたこの小柄で気の強いドイツ人を我々は忘れないでいたいと思います。

2003年、優勝候補と言われたあの時にトーナメントに出ていれば……
とたまに思うことがありますね。たまに、ですけど。

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by the_kakato_otoshi | 2011-06-15 17:29 | K-1

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